プレイセンターピカソとは?

 プレイセンターはニュージーランドで生まれた、約80年の歴史を持つ、親子のための「あそび」と「まなび」の場です。
 現在、日本には19カ所あり、最初にできたのが「プレイセンター ピカソ」です。
 子どもの自由で豊かな「あそび」を大切にし、それを見守る親たちが協力して運営をしています。
 親のための学習会「まなびあい」を開催したり、「スーパーバイザー*」が活動をサポートしてくれる仕組みもプレイセンターの特徴です。

*スーパーバイザーとは
プレイセンターの活動理念に沿い、運営や活動、参加親子の支援を行う協会認定の資格者です。

親子のための「あそび」と「まなび」の場です

 遊びは子どもの仕事です
 子どもにとって、遊びは仕事です。
 「遊び」という言葉を、プレイセンターでは小さい子どものあらゆる自発的な活動をさす言葉として使っています。
 動いたり、話したり、見たり、聞いたり、においをかいだり、味わったり、触れたり、探索したり、感じたり、創造したり・・・遊びにはこうした活動がすべて含まれています。

\ 1日の流れはこちら! /

 日本プレイセンター協会作成のテキストにそって学びます。また、子育ての喜びや悩みを共有するコミュニケーションの場でもあります。
「何か勉強するの?」「難しそう」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、見学も大歓迎ですので、一度、お気軽にご参加ください。
 メンバー同士の自己紹介では、最近、こんなうれしいことがあった、とか、こんなことで困っているなど、さまざまな育児体験談が飛び出します。

土曜まなびあい

・月1回 土曜日 10:00~12:00 
・国分寺市 並木公民館にて 

 1ヶ月に一度、2時間ですが、子どもと離れて、子ども・家族・自分自身などを話すのは貴重な時間です。
 ご家庭でお父様などお母様以外の方と過ごすことは、子どもにとっても、お父様方にとっても新しい発見の機会となります。
「我が家のお父さんは土曜日も仕事…」という方も大丈夫!お隣の保育室で見慣れた卒業生がお子様をお預かりします。保育料は1回300円です。

平日まなびあい

・月1回 月曜日 10:00~12:00 
・通常のセッション中に社務所にて

 おもに土曜まなびあいに参加できなかった方向けに開いています。
 この間子どもたちは、いつも通り遊びます。子どもたちの遊びの見守りやサポートをしてくれるのは、卒業生や入門コースを終わったメンバーです。

スーパーバイザー紹介

スーパーバイザーは、プレイセンター活動をスムーズに進めるためのコーディーネーターです。
子どもたちの遊びやメンバー同士の交流や成長のお手伝いをします。

りゅうこさん(足立 隆子)
日本で一番初めにプレイセンターを開いた人。小さな子どもの時から自分で遊びを選ぶことを大事にしている。ピカソっこのおばあちゃん的存在であり、お母さんたちにとっては、相談にのってくれる、よきお義母さん的存在。子どもの権利やあそびの重要性を教えてくれる。プレイセンターを自分のライフワークと思い取り組む。ボランティア活動は人生の一部。

よっちゃん(南 佳子)
男の子2人をピカソで育てたお母さん。長男が9ヶ月の頃にピカソと出会い、子どもが卒業してからは、スーパーバイザーとしてみんなを支え続ける。いつもメンバーの相談にのり、寄り添ってくれる、お姉さん的存在。裁縫が得意で学びあいが大好きなよっちゃん。

卒業生の
まゆちゃんまさみちゃん・あきちゃん
平日まなびあいの子どもの見守り、土曜まなびあいやピカソのセッションのお手伝いしています。

くまじい
のりちゃん

くまじい&のりちゃん
長年、愛情あふれるあたたかい眼差で子どもたちを見守り、孫のように接してくれるボランティアのくまじい&のりちゃん。
現役ピカソっ子たちはもちろん、卒業した子どもたちも久しぶりにピカソに来ると、大好きな「おじいちゃん」の胸に飛びこんでいきます。

クーヨンで「子どもの遊び場」として紹介されました

2017年8月号(クリックすると拡大します)

プレイセンターピカソの成り立ち

  • 2000年秋

    ニュージーランドの親子の育ちの場「プレイセンター」が日本に紹介されました。子育て支援という言葉もなじみなく、小平市においては児童館さえ無かった時代に、「今の子育ての諸問題を解くカギになるかもしれない!!」と考えた主婦3人組。できたばかりの日本プレイセンター協会主催のコーディネーターの養成講座を受講しました。

  • 2001年

    エンジョイ・プレーセンター」として月2回、小平市中央公民館保育室で「プレイセンター体験版」を開催。ここへの参加者を中心に実際にやってみたい人達が集まって、具体的な取り組みについての話し合いが始まりました。

  • 2002年

    公民館等の市の施設は制約が多く、望ましい活動に不向き。そんなとき、国分寺のスーパーバイザー受講者からの情報で、神社の集会所の存在が浮上。地元の人を通して借りられることになりました。

  • 2002年 9月

    「プレイセンター ピカソ」誕生

    5月~7月の試行期を経て、9月、東京で第1号のプレイセンターが正式に誕生しました。会員からアンケートをとり、名前を「ピカソ」に。発足当時の会員は主に小平市と国分寺市からの13家族、16人の子ども達とその親でした。

  • 2013年 3月

    母体である日本プレイセンター協会が
    特定非営利活動法人へ。

  • 現在

    北は北海道、南は九州まで
    19か所のプレイセンターが誕生しています

プレイセンターについて詳しくお知りになりたい方は、
日本プレイセンター協会のホームページをご覧ください。